
DIARY
ANTI ANTI GENERATION TOUR 2019
2019/06/13
あの梅雨の夜に僕らは Inspired by「そっけない」
どうも!ラリルレコードスタッフです:)
突然ですがみなさん、音楽はすきですか!!!
何を今更ってね!!愚問ですね!!失礼しました!
音楽の楽しみ方は千差万別多種多様十人十色。CDで聴いたりストリーミングで聴いたりライブに足を運んだり、このBメロのメロディがたまらないとか、このサビのこの言葉が最高すぎて思わず書き出してみたりとか、楽器の音やリズムにお耳を持ってかれる人もいるでしょうし、MVを観るのが良い!という人もいるかもしれません。
ANTI ANTI GENERATIONを聴いていて、そりゃもう何度も何度も聴いていて、音も言葉もMVも、十分楽しんではいるのですが、もっともっと楽曲に深くどっぷり浸かりたいなあ染まりたいなあという欲望が湧いてきてしまい…
ここはやはりプロの方に相談だ!ということで個人的にずっとファンだったライターのカツセマサヒコさんにコンタクトを取らせて頂いたところ、なななんとご快諾…!!!今回は楽曲からイメージしたショートストーリーを書き下ろしていただくことになりました!!
読み終わったらきっとまた音楽が聴きたくなります。
それでは、そっけない編、どうぞ。
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雨のような女だった。
彼女は予報もなく現れて、僕の心を奥底まで濡らした。通り雨のように去っていったかと思うと、ゲリラ豪雨のようにまた押しかけた。言葉や声に心地よい湿度をまとっていた。いなくなるたび、心はヒドく渇いた。
傘のような男になっていた。
必要なときにだけ使われて、あとは電車の手すりにでも置いていかれる感覚があった。包んで守るような存在でありたいと思っても、庇いきれずにどこか悲しい顔をさせた。それでも、ほかの人に拾われるよりは、何億倍もマシに思えた。
遊ばれたくはない。でも、彼女のものでありたい。
そういう人と出逢ったのは、おそらく人生で初めてだった。
LINEのアイコンが、なんとなく好きだ。最初はそのくらいの印象だった。友人が飲み会のために作ったグループLINEに彼女がいた。直径5ミリの丸い写真をタップしては、笑顔の彼女を何度も見ている気味の悪い自分がいた。
言葉遣いも、どこか好きだ。たかだか飲み会の出欠の返事ひとつなのに、選ぶ言葉が魅力的に思えた。ほかの人とは、なにか違う。彼女を意識するだけで、元気が湧いてきそうだった。7人のグループに対して、たった一人に宛てた手紙を書くように、僕も言葉を選んで返事を送った。
たぶんもう、彼女が好きだ。そこまで思えたのは、飲み会の当日、彼女が1杯目のレモンサワーに口をつけるより早かった。こんな人だったらいいな、という僕の想像を、彼女は軽々と越えてきた。ファッションセンス、声の大きさ、笑い方。数少ない情報だけでも、その魅力は十分すぎるほど伝わった。2時間もすれば、むしろ汚い部分すら見たくなるほど、彼女に惹かれている僕がいた。
「もう一件、行かない?」
「おお、行こっか」
自惚れかもしれない。心なしか彼女も、僕との会話を楽しんでくれているようにも思えた。その夜、誘ってくれたのは彼女で、従ったのが僕だった。降り出した雨と、差し出した傘のようだった。
カウンターバーに入った僕らは、ただひたすらに酔っ払って、でもそれ以上は何もなくて、終電前には何事もなく解散した。
改札の前で見送る僕を、三度振り向いて彼女は手を振った。
心は、幸福と切なさに見舞われた。
その日から、徐々に僕は変わった。
Instagramのストーリーの更新頻度が増えたのは、生活が充実したからではなく、彼女の既読をいちいち確認するためだった。あわよくば好意的なメッセージが届かないものかと、彼女の好きそうな話題を必死に探すようになった。僕の生活の全てが、彼女の興味を引くために営まれるようになった。
Twitterのリプライ欄に、「メンヘラっぽくなったよねw」とコメントがつくようになった。彼女のことを、彼女にだけわかるようにツイートしていた。たまに恥ずかしくなって、いくつか消したりもした。心が深く沈む感覚があった。それ以上に、彼女を知りたい、彼女に知ってもらいたいという気持ちが勝っていた。
ある夜、前の飲み会で撮った写真を現像して、いくつかを彼女にLINEで送った。
「こんときの俺、うらやましい」「これ、美人すぎる」
写真のひとつひとつにコメントをつけて送信すると、彼女はしばらく笑ったりツッコミを入れたりしたあと、既読をつけなくなった。
何があったのか。少し不安に駆られたところで、一枚の写真が送られてきた。
「これ、最新のわたし」
風呂上がりなのか、部屋着姿に、まだ乾き切らない髪をした彼女が写っていた。バスタオルで、口元を隠していた。
「すっぴんだから、ひどいね?笑」
その一通の自撮り写真だけで、ベッドからしばらく起き上がれなくなりそうだった。
いろいろと、ズルい人だった。
でも、雨のような彼女は、傘のような僕を、時に道に置き忘れた。
「なんか、映画行きたい。つっまんないやつでも、楽しそうじゃない?」
何気なく送ったように見せたLINEは、2時間熟考を重ねた末のラブレターのようなものだった。もう一度、二人で会いたい。そう思って、下手な口実を探すのにも疲れて、インスタのストーリーでいいねをつけてくれた話題を引っ張って送った、僕なりの全力だった。
でも、その誘いに返事が来ることはなかった。
LINEの既読がついたのは4日後で、その後も、返事はなかった。別の話題を送るべきか迷ったものの、「見苦しくなるだけだよ」と友人に言われて、耐えることを選んだ。とてもかんたんに、地獄が始まった。
Instagramのストーリーを前よりも頻繁に更新した。そこに既読の跡を見るたび、ひどく落ち込んだ。見てるんじゃん。じゃあ、返事してよ。怒りをそのままダイレクトメッセージで送ろうと思って、寸前で手を止める。その一通で、全部を壊してしまう気がした。
彼女自身が、SNSを更新することはなかった。でも、ただ嘲笑うかのように、既読のアイコンがストーリーに表示され続けた。雨を受けきれず折れてしまったビニール傘の映像が、頭に浮かんだ。
「ダメ元で言うんだけど」
不意に連絡が来たのは、LINEの既読がついて二週間後。梅雨を迎えたばかりの夜だった。ジメジメと降り続く雨のせいで、スーツが妙に重たく感じて、不快感しかない日だった。もう待つことさえ諦めていた頃に、彼女からのLINEは届いた。
「部屋に、虫が出てね。来れたり、しないよね…?笑」
その内容に拍子抜けするとともに、ぶつけるはずの怒りも、雨のように流れ落ちそうだった。
「害虫駆除業者じゃないんですけど?」
「知ってるけど、ほかに浮かばなくて…」
「久々に連絡きたと思ったら、それかよ」
「本当ごめんなさい」
散々待った映画への返事は来なかった。でも、必要とされる今があれば、まだマシに思えた。終わってしまうよりは、どんなかたちでも続けるべきだと思った。彼女の弱さをひとつ知るたび、自分がひとつ、強くなれる気がした。
害虫の駆除に何か使えないかと悩んだ結果、履いていたスリッパをウエストポーチに突っ込んだ。最寄駅まで、全速力で走った。
彼女の部屋に着いた頃には、帰りの電車はとっくになくなっていた。
害虫は結局見つからなくて、部屋で寝るのが怖いという彼女と、夜を明かすことになった。この日が金曜日で、明日は何の予定もないことを、少し恨んで、たくさん感謝した。苛立ちを掻き消すほどに、相変わらず彼女は、朝露のように綺麗で、夕立ちのように残酷だった。
「どこ行こうか」
「うちの近く、カラオケくらいしかないんだよね」
シャワーも浴びていないし、彼女もほぼ部屋着のような格好だったから、遠くに行けるわけでもなかった。ほぼ一択になっていた駅近くのカラオケ店に入って、飲み放題のコースを注文した。外と同じくらい蒸していた狭い部屋に入ると、ほぼ二人同時に、ソファに腰を下ろした。
なかなかボタンが反応しない冷房の設定温度を下げながら、すぐに運ばれてきた一杯目のラムコークで小さく乾杯をした。LINEが返ってこなかった理由をまず聞こうと思った。でも、すぐに彼女の話が始まってしまうと、折りたたみ傘のように小さくなっていた勇気は、開くことなく消えた。
それからしばらく、お互いの話をした。
二人でこんなに狭い部屋にいるのは、初めてだった。
ソファに乗せられた彼女の素足は、かなり細いのに女性的な曲線を描いていて、柔らかそうだった。少し剥げているペディキュアを恥ずかしそうに手で隠す仕草は、どこかエロく、灰色のカットソーは、傘からはみ出たぶんだけ濡れていた。色が濃くなったその袖の部分にこそ、彼女の弱さが詰まっている気がした。触れてみたくてしょうがなくなった。
「どうしたの?」
「あ、いや、ううん。なんでもない」
やましい気持ちをどう誤魔化せばいいのかもわからず、下を向いて逃げた。
足を隠す自分の細い指先を見つめながら、彼女は言った。
「なんか、こういう時間好きかも」
無音のテレビのモニターには、知らないアーティストが新曲の紹介をしていた。
ソファの縫い目に沿うように、少しずつ、彼女の指がこちらに向かってくる。
小さな手が、僕に近づく。
触れたら、全てわかるかな。
わかったら、嫌いになってしまうかな。
怖くなって、動けなくなった。
迷っているうちにも、彼女は近づいてくる。
もう少し。
もう少しで、届きそうな気がした。
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カツセマサヒコ
自営業。1986年東京生まれ。編集プロダクションでのライター・編集経験を経て、2017年4月に独立。取材記事や小説、エッセイの執筆・編集を主な領域としつつ、PR企画やメディア出演など、活躍の場は多岐に渡る。特に20代女性に向けたコンテンツに定評があり、自身のTwitterアカウントはフォロワー13万人に。
Twitter:@katsuse_m